【数学小話】病的な数学④ ディリクレの関数
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前回は1回しか微分できない関数を見ました。その前には至るところ微分不可能な関数を見ました。今回は、積分できない関数を見てみます。
ディリクレの関数
そもそも、中学で習った関数の定義は、
xの値を定めるとそれに対応したyがただ一つに定まるとき、yはxの関数であるという
でしたね。この定義を守っていれば、次のようなものもれっきとした関数なのです。こちらがディリクレの関数と呼ばれるものです。
実数から好きにxを持ってきて、それが有理数か無理数かによって1か0の数字が対応する。ちゃんと一つの数に対応していますね。これも関数です。
さて、どんなグラフになるでしょうか?いったん立ち止まって考えてみてください。
答えはこちら。
y座標が0と1で、二本の線があるように見えます。が、これは厳密には線ではありません。
定義をもう一度見ます。
有理数なら1、無理数なら0という関数でした。実は、実数において有理数も無理数もびっしりと詰まっていて、どんな有理数にもそのいくらでも近くに無理数が、どんな無理数にもそのいくらでも近くに有理数が、存在します。
このグラフは原点を通りますが、点(0,1)は通りません。この時点でy座標が1の”線”は繋がっていない、途切れていることが分かります。他にも点(1,1)も、点(1/2,1)も、点(1/3,1)も、(1/4,1)も、…点(1/n,1)も、このグラフは通りません。x座標が有理数のところでy座標が1の"線"は途切れるわけですから、このグラフはいたるところで途切れているといえます。同様に、y座標が0の"線"もいたるところで途切れているわけです。
原点から出発してほんの少しでもx座標を増やすと、とたんに上側に移動し、また少しでもx座標を増やすと、下側に移動する、そんなイメージです。
つながった線ではなく、あくまでも一つ一つは離れている点がぎっしりとたくさん集まっていて、線にしか見えないだけです。そういう意味で、この関数はいたるところ不連続であると呼ばれます。
リーマン積分できないことの証明
ここでは、ディリクレの関数の定積分ができないことを見ていきます。リーマン積分とは、高校で習う定積分のことです。
そもそも数学の教科書で定積分は、不定積分の差として定義されることがあります。
私の高校の教科書では、こう定義した上で、これがなぜグラフの曲線で囲まれた部分の面積になるのかの説明が続いていました。これは置いといて、いったん区分求積法の観点から定積分を考えていきます。
区分求積法
グラフはを満たすとして、
で囲まれた部分の面積を求めたい、というのが出発点です。図に書けば、次の青い部分です。
まず、nを自然数とし、aからbまでの区間をn等分して、このようにn個の長方形で面積を近似します。次の図は、下から近似した図と呼びましょう。
正確に言うと、下から長方形で近似するとは、それぞれの分割された区間で一番値が小さいf(x)を長方形の高さとします。図では各区間の左端ですね。
この図では、長方形と本来の求めたい面積との間にそこそこ隙間がありますが、分割数nをどんどん大きくすれば、長方形の面積の和は少しずつ増えていって、本来の求めたい面積に近くなるはずです。
分割数がnのときの下から近似した長方形の和をと書くことにしましょう。nが増えると、長方形とグラフの間の白い隙間が減っていきますから、は増加していくといえます。
次に、同様に上から近似もしていきます。次のような図を上から近似した図と呼ぶことにしましょう。
正確に言うと、上から長方形で近似するとは、それぞれの分割された区間で一番値が大きいf(x)を長方形の高さとします。図では各区間の右端ですね。
この図ではグラフからはみ出た部分がそこそこありますが、nを限りなく大きくしていけば、はみでる部分がどんどん小さくなっていきます。(下から近似したときと同じような図をイメージしてください)分割数がnのときの上から近似した長方形の和をと書くことにします。こちらはnを増やすと、は減っていくといえます。
nを限りなく大きくしていったとき、は増加していき、は減少していき、両者がじりじりと同じ値に限りなく近づくならば、その行先こそが求めたい面積じゃないか。と考えます。
これでもって定積分を定義することもできます。ここで重要なのは、
リーマン積分可能であるためには、上からの近似と下からの近似が同じ値に収束する
ということがです。ディリクレの関数はこの性質を満たさないので、ディリクレの関数はリーマン積分不可能であるといえます。詳しく見ていきましょう。
リーマン積分できない証明
ここで説明した区分求積法の考えによるリーマン積分では、下からの近似と上からの近似が同じ値に近づかないといけません。では、このディリクレの関数ではどうなるのでしょうか。ディリクレの関数を0から1まで積分するとしましょう。
・下からの近似
0から1の区間をどんなに細かく刻んでも、その各区間のなかに必ず有理数も無理数もある(どの区間にもf(x)が0になる点も1になる点もある)ので、全ての長方形の高さは0にります。よって、nをいくら増やしていってもです。
・上からの近似
同様に各区間における全ての長方形の高さは1になり、nをいくら増やしていってもです。
nがいくつであってもかつで不変なので、極限も
と、同じ値に収束しません。よって、リーマン積分不可能です。
つまり一言でいえば、
上からの長方形による近似と下からの長方形による近似が同じ値に収束しないからリーマン積分不可能である。
ということです。
さて、なぜわざわざ"リーマン"積分と呼んでいたかというと、別の"積分"があり、そちらではディリクレの関数は"積分"可能だからです。
ルベーグ積分
ルベーグ積分はこのディリクレの関数のようないたるところ不連続な関数でも積分出来るように拡張されたものです。
ルベーグ積分は測度という新しい"面積の測り方"を導入して行う積分です。ここでは詳しく触れませんがルベーグ積分は、
リーマン(定)積分可能な関数は全て積分可能で同じ値になり、さらにリーマン積分出来ない関数も積分可能である
という、いわばリーマン積分の上位互換のようなものです。
ルベーグ積分のときは記号の約束として「dx」でなく「dμ」と書きます。(μが測度を表す記号です)そして、ディリクレの関数をルベーグ積分すると、0になります。
インテグラル∫の下に[a.b]とありますが、これは単純にaからbまで積分するという意味だと思ってください。
実は、ディリクレの関数をルベーグ積分すると0になるということは、有理数より無理数の方が圧倒的に多く、ディリクレの関数は1になる点より0になる点の方が多いことと深く関係しています。
ルベーグ積分は大学の数学の範囲です。ルベーグ積分は関数解析、確率論、数理ファイナンスなどでよく使います。
物理は、極限と積分の交換が可能かとか、いちいち厳密に確認せずにちゃっちゃと計算してしまうことが普通ですが、そこらへんをしっかり立ち止まって考える理論物理屋もルベーグ積分を使うことがあります。
まあ、現実世界にあるほぼ全ての関数は連続であるとか、十分よい性質を持っているからリーマン積分可能で、現象を細かく厳密に突き止めていくとディリクレの関数のような奇妙な例も考える必要が出てきて、その解決としてルベーグ積分がある、といったイメージです。重箱の隅をつつくようなことをしないのであればリーマン積分で十分だな、ということです。
ディリクレの関数の書き換え
ディリクレの関数は次のように書き換えることが出来ます。
cosさえ分かっていればそこまで難しくありません。
・xが有理数なら、nが十分大きければはπの整数倍になります。nが十分大きければ、xの分母がn!で払われるからです。するとcosの値は±1になるので、2k乗すると(偶数乗なので)1になります。
・xが無理数なら、nがいくつであろうとはπの整数倍になりません。このときであるので、これを何乗もしていけば0に収束します。つまりです。
今日は以上です。とても面白い関数でした。
written by k