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【数学小話】ついに証明されたABC予想

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2020年4月3日、数学の超難問であった「ABC予想」を証明したとされた論文が、8年に及ぶ査読の末、正しいことが認められました。「フェルマーの最終定理」や「ポアンカレ予想」の証明に並ぶ快挙であると言われています。今回はこのABC予想の内容や、何がすごいのか、という話について。

 

 

 

 

ABC予想とは

準備①

まず、自然数n に対して、n の互いに異なる素因数の積n の根基 (radical)と呼ぶことにし、\mathrm{rad}(n) と書くことにします。例を見てみます。(a\cdot ba\times b を表します。これは主に高校以上で使う記法です)

\mathrm{rad}(7)=7\\\mathrm{rad}(12)=\mathrm{rad}(2^2\cdot3)=2\cdot3=6\\\mathrm{rad}(210)=\mathrm{rad}(2\cdot3\cdot5\cdot7)=2\cdot3\cdot5\cdot7=210\\\mathrm{rad}(5000)=\mathrm{rad}(2^3\cdot5^4)=2\cdot5=10

n が同じ素因数を複数持っていると、\mathrm{rad}(n) 小さくなるということがわかります。この根基というものが重要です。

 

準備②

a,b を互いに素な自然数とし、a+b=c のとき、
c\mathrm{rad}(abc) はどちらが大きいかを考えると、多くの場合はc<\mathrm{rad}(abc) となります。(実際にさまざまな互いに素なa,b で試してみてください)

1+3=4,\ 4<\mathrm{rad}(1\cdot3\cdot4)=6\\2+3=5,\ 5<\mathrm{rad}(2\cdot3\cdot5)=30\\6+19=25,\ 25<\mathrm{rad}(6\cdot19\cdot25)=570

もちろん、反例もあります。

1+8=9,\ 9>\mathrm{rad}(1\cdot8\cdot9)=6\\1+80=81,\ 81>\mathrm{rad}(1\cdot80\cdot81)=30\\11^2+3^2\cdot5^6\cdot7^3=2^{21}\cdot23,\ 2^{21}\cdot23<\mathrm{rad}(11^2\cdot3^2\cdot5^6\cdot7^3\cdot2^{21}\cdot23)

実は、a=1,b=3^{2^n}-1,c=3^{2^n} のとき、必ずc>\mathrm{rad}(abc) となるので、反例は無数に存在すると言えます。

準備③

a,b を互いに素な自然数a+b=c なるほとんどの組(a,b,c)
c<\mathrm{rad}(abc)
を満たしますが、
c>\mathrm{rad}(abc)
となる組も割合は少ないですが無数に存在することが分かりました。では少し条件を強くして、

c>\mathrm{rad}(abc)^{2}
となる組はどれくらいあるのでしょうか?実は今のところ見つかっていません。少し緩めて、

c>\mathrm{rad}(abc)^{1.4}
となる組はどれくらいあるのでしょうか?コンピューターの計算により、c<10^{8} までの組のうち、たった25組しかありません。さらに緩めて、

c>\mathrm{rad}(abc)^{1.1}
となる組はどれくらいあるのでしょうか?コンピューターの計算により、c<10^8 までの組のうち、これでも1801組しかありません。

このように、

c>\mathrm{rad}(abc)^{1+\varepsilon}

という不等式において、\varepsilon=1,\ 0.4,\ 0.1,\ 0.01,\ \dots と、指数を1に近づけていくとき、条件が緩くなるので当然成り立つ組が増えますが、そうでない組のほうが圧倒的に多く存在するわけです。

 

ABC予想の主張

\varepsilon>0 を任意の(小さい)正の数とします。a,b を互いに素な自然数a+b=c とし、

c>\mathrm{rad}(abc)^{1+\varepsilon}

が成り立つ組(a,b,c) は高々有限個しか存在しない。

 

これが主張です。右辺の指数がぴったり1にならない限り、つまり指数が1.0000000001でも1.00000000000000000000000001でも、成り立つ組は有限個しかない、というのがABC予想です。指数がぴったり1になると無数に存在するのに、ほんのわずかでも1を超えると有限個しか存在しない(かもしれない)のです。

この予想は1985年に生まれたもので、35年越しの解決となりました。

 

 

ABC予想を証明したIUT理論

望月新一・京都大数理解析研究所教授は、独自に新しい理論、「宇宙際タイヒミューラー(IUT)理論」を編み出し、この理論がABC予想を証明しました。この理論は全く新しい、難関な理論で、そもそも世界中の数学者のほんのわずかしかこの理論を正しく理解できていません。ちなみに、望月教授のホームページにこのような言葉が書かれています。

「IUTeich」(宇宙際タイヒミューラー理論)ですが、様々な既存の理論の上に成り立っているそれなりに高級な理論なので、修士課程の段階で直接IUTeichの勉強を始めるのはちょっと難しいと思います

これは数学者特有のオブラートに包んだ言い方をしていますが、要するに、

IUT理論は既存の理論の十分な理解を前提とするとても難しい理論なので、修士課程の段階でIUT理論を学び始めるのはほぼ不可能だ

と言っていると解釈できます(あくまで私個人の意見です)。修士課程というのは、大学に入学して4年間勉強して卒業して院に進学した2年間を指します。大学で4年間勉強した程度では歯が立たないと言っているように聞こえるわけです。

 2020年4月4日、望月教授のホームページでIUT理論の論文が公開されたので、筆者も眺めてみましたが、もちろん理解できませんでした。楕円曲線幾何学圏論、等々さまざまな分野の知識をふんだんに駆使する理論で、非常に難解です。

このIUT理論を用いることで、複雑に絡み合っている足し算と掛け算を分離することができ、それぞれの関係性により深く迫ることができるそうです。

 

正直、詳しいことは私には全く分かりません。世界中の数学者が8年かけてやっと理解できる程度の難しさなので。ただ、このIUT理論について分かりやすくかみ砕いた本が出ています。(私はこれから読もうかと思います)

宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃

宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃

  • 作者:加藤 文元
  • 発売日: 2019/04/25
  • メディア: 単行本
 

 今回ABC予想が証明されたことに伴い増刷が決定したそうです。今最も注目を集めている本かもしれません。

 

 

 

ABC予想の何がすごいのか

そもそもABC予想フェルマーの最終定理よりも非常に難しい問題とされています。それを証明したというだけでとてつもなく偉大な功績です。

その超難問を解決するのに、IUT理論という全く新しい理論を一から作り上げたという離れ業を成し遂げました。

また、このIUT理論はあまりにも難しく、世界中の数学者に異世界からきた」「新しい概念ゆえに、どこが分からないのかさえ分からないと言わせるほどです。

数学というのは、時間が経てば経つほど「証明された事実」というのが積み重なっていくので、有限の時間しかない人間はそのごく一部しか理解できません。したがって、今回のような全く新しい理論を持ち出してとてつもなく偉大な発見をすると、検証するのに必要な知識をピンポイントで全て持っている数学者はほぼいないのです。数学者というのはそれぞれに特化した専門分野を持つのが普通ですから、誰も理解できない、というのはこのような背景からきています。

また、このIUT理論、それを用いて証明されたABC予想が正しいと証明されたことで、他のいくつもの数学上の未解決問題も連鎖的に正しいと証明されることになります。

他にも、フェルマーの最終定理の別証明を与えることにもなります。もともとABC予想が正しければ、フェルマーの最終定理がこんなに短く証明できる、という論文が存在しました。ABC予想が正しいと認められたのでこれをもって正式に別証明が与えられることとなりました。その論文はたった10行程度の説明しかなく、驚くほどスマートな証明、ということになります。

フェルマーの最終定理

n を3以上の自然数とするとき、
x^n+y^n=z^n
を満たす自然数の組(x,y,z) は存在しない。

(実際は"ABC予想の亜種"が正しければであり、しかもnが6以上のときの証明ですが)

 

また、ABC予想に用いられたIUT理論は楕円曲線と深い関わりがありますが、楕円曲線素数とも関係があり、素因数分解アルゴリズムや暗号にも組み込まれています。そういう意味では、日常生活と全くの無縁とも言い切れないかもしれません。

 

ということで、ABC予想についてでした。予想自体は中高生でも理解できそうな内容なのに証明は非常に高度で難解でさまざまな分野にまたがる数学が必要だという、壮大な話でした。

 

written by k

 

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