日比谷高校のススメ

日比谷高校出身者たちが日比谷高校の紹介や、勉強に関する様々なことを語ります。

【数学小話】昔、「円周率は3」と教えそうになったらしい

 かつてゆとり教育という政策により、「2002年度実施の小学校学習指導要領の改訂にともなって、日本の算数教育にてそれまで3.14と教えていた円周率を3と教えることになった」という噂が流れました。これは間違っているのですが、訂正されることなく広まり、大きな反響がありました。子供の計算力の成長の機会を奪うことになるといった学力低下を懸念する声や、
円と内接する正六角形の周の長さが同じになってしまう
といった批判もありました。ゆとり教育の時期と私の学生時代はかぶっていませんが、中学生の時、この六角形と円が同じ長さになる、という指摘を聞いたときはなるほど、と思いました。

 

また、この影響を受けたのでしょうが、2003年には東大理系で
円周率が3.05より大きいことを証明せよ。
という問題が出題されています。このような背景もあり、これはある意味伝説の問題として語り継がれているのです。ちなみに、ゆとり教育は数年で廃止されました。

 

しかし、よくよく考えてみると
円と内接する正六角形の周の長さが同じになってしまうからよくない
という指摘は適当ではないのでは、という意見が今回の主題です。

私がそう思う理由を一言でいえば、円周率を3.14としても、内接する正100角形のほうが周が長くなってしまうからです。

 

 

円に内接する正n角形は必ず円より短い周を持ちます。(証明は考えてみてください)しかしコンピューターを用いて計算させると、円周率を3.14とすれば内接する正100角形のほうが円周より長くなってしまいます。つまり、直径が1の円を考えると、その円周が3.14になるのに対し、内接する正100角形の周の長さは3.14より大きい値になってしまうのです。

もう少し話すと、そもそも円周率πというのは3.141592…と無限に続く無理数であり、3も3.14もあくまで近似値です。なのでどちらを採用しても正確な円周、円の面積が求められるわけではありません。3.14の方がより真の値に近づくというだけで、だったら3.141592を使った方がより真の値に近づきます。どこで小数を切るかという問題はありますが、3.14を使えばどんな時も大丈夫、というようなことはありません。

当然手計算、またはコンピューターによる数値計算などではどこで無限小数を切って近似するかを決めるのが重要になります。
では小学校では3.14で切ろう、というのはどう決まったのか。これは明らかに誰かが決めた(または慣習的に自然とそうなっていった)ことでしょう。なら、誰かが、
この場では近似値として3を採用する
と決めること自体は(そこに納得いく根拠がある限り)良いのではないか、と思うわけです。

近似値を決めるには、有効数字、どこまで正確な値が欲しいかなどを考えて、つまりなんらかの根拠に基づいて決めるのが科学の基本です。(高校の物理、化学で有効数字というものを習いますね)近似値を使うなら、その桁で切る、またはそれ以上の桁は意味がないことを確認する大切さも知るべきです。が、これは高校ぐらいで学ぶ難しさでしょう。

個人的には円周率を3とする、というのは反対です。円周率は3、と教えられていたけど中学で急に「実は無理数というものがあって、円周率も本当は3.1415と続いて…」と話すよりかは、最初から3.14と教えといて、実はもっと続くんだけどね、と小学校の時点で小話程度に話しておく方がよりスムーズだと思うからです。

 

あくまで今回話したかったことは、

円周率を3とするのはだめだ。だって円と正六角形の周が同じになってしまうからね!

という意見に対し、

いや、円周率を3.14にしても、円より正100角形の方が長くなってしまいますが…

と突っ込みを入れたかった、というだけです。言っていることは間違っていませんが、円周率を3とするのがダメな理由として適切でないのでは、ということが言いたかっただけです。

という、本当にただの小話でした。

 

written by k

 

【数学小話】入試問題の背景に隠れる大学数学③

入試問題には、大学数学の内容を高校数学に持ってきたかのような問題がたまに見られます。もちろん、受験生が大学数学の背景を知っている必要は全くありませんが、せっかくなので見ていきましょう。ついに第3回。

 

第一回 こちら

第二回 こちら

第三回 この記事

 

 

数の性質について、2018年の早稲田大学理系から。

問題

pを素数、a,b,cを整数とする。次を示せ。

(1) ∛pは無理数である。

(2)~(3)省略

(4) a(∛p)2+b∛p+c=0 ならば、a=b=c=0 である。

 

 

背景

 

大学では群、環、体という新しい概念を学びます。体論の中にガロア理論と呼ばれるものがあり、これはあの有名な「5次以上の方程式に解の公式がない」ことの証明を与えます。ガロア理論によって他にも「与えられた角度の3等分線は一般には作図できない」ことや「与えられた正方形と同じ面積の円は作図できない」ことも証明出来ます。

さて体とは何かを簡単に説明すると、加減乗除で閉じている数の世界」です。例えば有理数全体からなる集合(これはしばしば\mathbb{Q}と書かれます)は体です。すなわち、
有理数同士の加減乗除は必ず有理数になっている(ただし0で割ることは考えない)
ということが有理数では成り立ちます。このように計算結果が考えている数の世界からはみ出ないとき、閉じているといいます。一方、整数全体や自然数全体では、加減乗除について閉じていないので体ではありません。実数全体や複素数全体は体です。(その数の集合が体であることを強調するために、しばしば有理数体、実数体複素数体などと呼びます)

さて、体から新しく体を作るために、添加という操作を考えます。体Aに数xを添加するとは、体Aの全ての数とxを使って加減乗除で作れる数全てを考えた数の世界を考える、ということをいいます。これで新しく体が出来ます。

例えば、実数の集合\mathbb{R}虚数単位i=\sqrt{-1}を添加すると、複素数の集合\mathbb{C}が得られます。

複素数というのはa,bを実数としてa+biと表される数からなりますが、実数とiの四則演算で作られる数は全てこの形に落ち着きます。\dfrac{a+bi}{c+di}という形は簡単に分母を実数に出来ることはよく知られていますね。

では次に、有理数\mathbb{Q}に∛pを添加した体はどのような数からなるのでしょうか。実数と∛pの加減乗除で出来る数全てを考えるわけですから、少なくとも∛p×∛p=(∛p)2はこの体に属します。
実はこの体に属する数はどれも、a,b,cを有理数として、 

a(∛p)2+b∛p+c

と表されることが知られています。

例えば、\dfrac{1}{{}^3\!\!\sqrt{p}+1}であれば、x^3+1=(x+1)(x^2-x+1)を利用して、

\frac{1}{{}^3\!\!\sqrt{p}+1}=\frac{(^3\!\!\sqrt{p})^2-{}^3\!\!\sqrt{p}+1}{({}^3\!\!\sqrt{p}+1)\{(^3\!\!\sqrt{p})^2-{}^3\!\!\sqrt{p}+1\}}\\=\frac{(^3\!\!\sqrt{p})^2-{}^3\!\!\sqrt{p}+1}{p+1}\\=\frac{1}{p+1}(^3\!\!\sqrt{p})^2+\frac{-1}{p+1}{}^3\!\!\sqrt{p}+\frac{1}{p+1}

このように、a(∛p)2+b∛p+c の形に出来ます。(はてなブログの仕様で、3乗根の表示が綺麗に出来ませんでした。申し訳ありません)他の分数も、うまくやれば同じ形に書き換えることが可能なのです。

 

では今回取り上げた入試問題とどう関連するかというと、

a(∛p)2+b∛p+c=0 ならば a=b=c=0
ということは、
\mathbb{Q}に∛pを添加した体の元は全てa(∛p)2+b∛p+cとただ一通りに表される

ということを意味しているのです。この体では1, ∛p, (∛p)が基本的な最小単位と言えるわけです。

 

 

written by k 

 

【数学小話】入試問題の背景に隠れる大学数学②

入試問題には、大学数学の内容を高校数学に持ってきたかのような問題がたまに見られます。もちろん、受験生が大学数学の背景を知っている必要は全くありませんが、せっかくなので見ていきましょう。受験勉強の息抜きにでも見ていってください。

 

第一回 こちら

第二回 この記事

第三回 こちら

 

 

初回は数列の収束について、1996年の北大理系から。

問題

(1)数学的帰納法により次を示せ。ただし、nは自然数とする。

\displaystyle\sum_{k=1}^{2^n}\frac{1}{k}\geqq\frac{n}{2}+1

(2)次の命題は真が偽か。真ならば証明し、偽ならば反例をあげて説明せよ。

\displaystyle\lim_{n\rightarrow\infty}(a_{n+1}-a_n)=0ならば数列\{a_n\}は収束する。

 

解答

(1)略解。n=1の場合はすぐ示せる。n=kで成り立つと仮定し、n=k+1にすることで左辺のΣで新たに足される項の合計が、(\frac{k+1}{2}+1)-(\frac{k}{2}+1)=\frac{1}{2}以上であることを示せばよい。そのアイデアは、例えば私のこの記事を使えばよい。

(2) a_n=\displaystyle\sum_{k=1}^{n}\frac{1}{n}とすると、\displaystyle\lim_{n\rightarrow\infty}(a_{n+1}-a_n)=\lim_{n\rightarrow\infty}\frac{1}{n+1}=0を満たすが、(1)よりn=2^mとおいてm\rightarrow\inftyとすれば、a_{2^m}\rightarrow\inftyとなるため、偽。

 

 

背景

大学数学では、実数の数列だけでなく、複素数を値にもつ複素数列や、さらには平面や一般の空間上の点の列を考え、それが収束するかどうかを考えることがあります。

さて、(2)の命題の前半、\displaystyle\lim_{n\rightarrow\infty}(a_{n+1}-a_n)=0を満たす(大学数学では表記が異なりますが、意味は同じです)数列は、一般には収束しないことが分かりました。では、もう少しきつい条件で、常に収束すると言えるようなものはあるのでしょうか。

実はあります。

それは、コーシー列と言います。コーシー列の定義は以下の通り。大学数学的な書き方なので、理解が難しいかもしれません。

任意の\epsilon>0に対し、ある自然数Nが存在し、n,m>Nならば常に
|a_n-a_m|<\epsilon
が成り立つ。

平たく言うと、どんなにごく小さな幅\epsilon>0を指定しても、ある番号Nより先の数列は全部差が\epsilon>0未満になる、そういうNが見つかる、というのがこのコーシー列の定義です。

そして、実数においてはコーシー列であることと収束することは必要十分だということが知られています。

 

また、実数ではければその限りではありません。例えば、有理数の値をとる数列は、収束したとしても、有理数の範囲で収束するとは限りません。例えば、

 \sqrt{2}=1.41421356\dots
は、無理数です。そこでこの無限小数の表示を利用して、有理数列として、 
a_1=1.4,\ a_2=1.41,\ a_3=1.414,\ a_4=1.4142,\ \dots
とすれば、これは有理数列で、実はコーシー列であることが確認できます。しかし、収束値は当然、
\displaystyle\lim_{n\rightarrow\infty}a_n=\sqrt{2}
ですから、収束する値は有理数ではありません。有理数の世界では、コーシー列は収束しても、その収束先が有理数とは限らないのです。この意味で、有理数の世界ではコーシー列は収束しない、と言います。

考えている数の世界で任意のコーシー列が収束する、つまり収束先が存在して、その値も考えている数の世界に含まれるとき、その数の世界を完備である、といいます。

つまり、実数は完備ですが、有理数は完備ではありません。完備である、というのは極限が存在するので、理論を構築する上で様々な面で都合が良いのです。

 

written by k 

 

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