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【数学小話】1+1=2の証明の難しさ、数学と哲学

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この記事はこちらの続編とまでは行きませんが、非常に関連しているのでまだお読みでない方は、さきにこちらをご覧ください。

【数学小話】当たり前なことほど示すのが難しいよねって話

こちらの記事の最後で少し触れましたが、「1+1=2の理由として、1個の石と1個の石を合わせると2個の石になるから」というのは少し微妙なのです。今回はその話について。

 

 

 

1+1=2の証明の難しさ

1+1=2の証明がなぜ難しいのかというと、

あまりにも当然すぎる内容であるから

です。本来の証明問題、
「『Aが成り立つならば、Bが成り立つ』ことを示せ」
といった問題は、あまりAとBが直接因果関係でつながっているようには見えにくく、

Aが成り立つときXが成り立ち、Xが成り立つとYZが成り立つ。YZが成り立つと、Bが成り立つ。ここまでをまとめて、Aが成り立つとBが成り立つことになる。

などといった構造が隠れているものが多く、この構造を明らかにして書きだすのが結果として証明になるわけです。つまり、AからBが出てくるまでに少し複雑な過程を経るので、それを説明するのが証明だ、と考えることができます。

「1+1=2」のような簡単なことの証明はどうでしょうか。1+1がどのようなからくりによって2になるのでしょうか。そもそも理由としてわざわざ説明するようなことがあるようには思えません。あまりにも簡単なことは証明として何を書けばよいのか分からないのです。

 

 

1つと1つを合わせたら2つ

そもそも足し算がどう生まれたか、に思いをはせてみると、むかーしむかし、人々が
「1個の石と1個の石を合わせると2個の石になったなあ」
「1本の木と1本の木を合わせると2本の木になったなあ」
「〇と〇を合わせると2個の〇〇になるなあ」
という経験を繰り返していくうちに、
「どんな物体であれ、1つのものと1つのものを合わせると2つのものになるなあ」
となっていき、この事実をどう書き表そうかと考えて、

「ものが1つある状態を『1』、2つある状態を『2』と書くことにして、これを『1+1=2』と書き表そう」

となったと推測できますし、おそらくこれは間違いないでしょう。つまり、歴史的には、1つと1つを合わせて2つになるという現実があり、それを「1+1=2」と書くことにしたはずです。2+2=4も、3+4=7も、実際にそうなったのを観測して、それを書き表したのでしょう。

では1+1=2の証明は「実際に石でやってみたらそうなったから」なのだ、と結論付けてよさそうに聞こえますが…

 

数学としての1+1=2

134個の石と2009830個の石を合わせたら2009964個の石になるのを実際に誰かが実験したから134+2009830=2009964なのかというと、そうではありませんよね。おそらく人類史上今まで誰一人として134個の何かと2009830個の何かを合わせる実験をしていないでしょう。1+1=2、3+4=7などは実際に誰かが試して得られた結果を書き表したに過ぎないかもしれませんが、桁数が大きくなれば、誰も試したことのない足し算が必ず存在します。
では、「なぜ134+2009830=2009964なのか」という問いの答えに、「134個の石と2009830個の石を…」と答えるのはどうでしょうか。誰も実際に実験をしてその結果が得られたわけではないのにそれを根拠とすることはできません。すなわち「なぜ134+2009830=2009964なのか」という問いに対し、現実とは切り離された、論理のみで証明する必要があります。

このように、134+2009830=2009964を現実から切り離して考えるように、数学の問題として1+1=2の証明を考える時は、現実と関係なく数学の論理のみで完結する証明を考えなければなりません。
このように考えてみると、「1+1=2の証明」として何について言及しなければならないかが少しずつ見えてきます。

 

自然数の定義

現実とは完全に切り離された論理だけで「1+1=2」をとらえようとすると、いきなり「1ってなんだ?」となります。 数学的にきっちりと1を、さらに言えば自然数を定義するにはどうするか、という問題を19世紀末の数学者、ペアノが定めた「ペアノの公理」により一つの答えが与えられました。ひとまずWikipediaに乗っているものを載せてみます。*1

ペアノの公理

自然数は次の5条件を満たす。

1. 自然数 0 が存在する。
2. 任意の自然数 a にはその後者 (successor)、suc(a) が存在する(suc(a) は a + 1 の "意味")。
3. 0 はいかなる自然数の後者でもない(0 より前の自然数は存在しない)。
4. 異なる自然数は異なる後者を持つ:a ≠ b のとき suc(a) ≠ suc(b) となる。
5. 0 がある性質を満たし、a がある性質を満たせばその後者 suc(a) もその性質を満たすとき、すべての自然数はその性質を満たす。

このペアノの公理では0を最小の自然数としています。集合論の立場ではこのように最小の自然数を0とすることがあります。見た通り、この文章を理解するのが難しいです。これが「1+1=2の証明が難しい」と言われるもう一つの理由です。ペアノの公理の2番を見ると、
suc(a)はa+1の"意味"
とあります。これにより、1+1はsuc(1)すなわち1の後者という意味になります。1の後者は2ですから、この意味で
1+1=2
となります。つまり、なぜ1+1=2なのかと問われたら、
1の次の自然数が2だから
と答えることができます。

 

ちょっと難しい話
このペアノの公理の1番で、「自然数 0 が存在する」と無条件で最小の自然数の存在を認めています。集合論においてきっちりと0を定義するときは、空集合を0と定義し、suc(a)=a∪{a}と定義し、帰納的に得られる集合を順番に1,2,3,...と定義します。すなわち、
0=Φ
1={Φ}
2={ Φ , {Φ} }
3={ Φ , {Φ} , { Φ , {Φ}}}
となっていきます。

 

まとめと次回予告

さて皆さんは、1+1=2をだいたい理解したかと思います。

・現実的(歴史的)に1+1=2を見れば、1つと1つを合わせたら2つになったという事実を書き表したものと思うことができる。
・数学的に1+1=2を見れば、ペアノの公理というものによって自然数が定義され、これによれば1の後者が2である、と思うことができる。

というのがまとめでしょうか。次回は、「理解する」ということを少し考えてみようと思います。

算数のテストで、「1+1」という問題に対し、「2」という答えを書いた子供がいたとします。他者からすると、理屈が分かっていて(ここでは、1つと1つを合わせると2つだから、ということを指します)2と答えたのか、理屈は知らないけどどこかで「1+1=2」という文字列を見たことがあり、前にもこう答えて正解したから2と答えたのか分かりません。つまり、直接本人に追加で質問をしない限り、答案の2という文字を見るのみでは、この子供が足し算を理解しているかどうか分からないのではないでしょうか。

さて、そうすると、「1+1=2を理解する」とは何か。足し算を理解するとは何か。足し算を理解しているかいないかの境目は何か。ということがぼやけていることに気づきます。次回はそんなことを考えてみます。

 

 

written by K

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