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【数学小話】中学生からの結び目理論入門①

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大学の数学というのは分野が非常に細分化されており、その1つを究めるだけで精一杯、という世界です。その中でも筆者が現在関心のある分野である結び目理論について、中学生でも理解できる言葉だけ(たまに外れるかもしれません)で、その面白さを説明してみようと思います。直観的なことをどう数学として定式化するか、どうやって解析の道具を作り、使うか、といった理論の奥深さも知ってもらいたい、という動機からこのシリーズを始めました。

 

第1回 結び目理論とは何か(本記事)

第2回 不変量(未投稿)

 

 

 

結び目理論とは何か

まずここで言う結び目とはどういうものを指すかを述べます。結び目とは、空間内の紐の両端をつなげたものを指します。つまり紐をぐちゃぐちゃっと絡ませて(もちろん何もしなくてもいいです)その両端をつなげたものを結び目と言います。結び目は我々が生活している空間の中の存在として考えるますが、机の上で考えるために、立体的な結び目を平面的な図として描き表します。下図(a)、(b)、(c)右のように、上下で交差している様子をうまく表現して結び目を平面に描いたものを射影図といいます。

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図1 結び目

図1において、(a)は何もないただのループで、これは一番簡単な結び目として自明な結び目などと言われます。(b)はその次に最も簡単な結び目、三葉結び目などと呼ばれるものです。
結び目と聞いて真っ先に思い浮かぶのは(c)左のようなものでしょう。しかし数学において結び目といえば、あくまでループ、両端が繋がっていないといけないので、両端を繋げたもの、(c)の右図としてとらえます。

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図2 複雑?な結び目

図2左に、複雑そうな結び目を描いてみました。一見複雑そうに見えますが、実はこの紐はうまくほどけて自明な結び目(図2右)にすることが出来ます。このように、切ることなくほどけて自明な結び目になるなら、その結び目は自明な結び目と「同じ」と言います。
さらに図1にもどって、三葉結び目(b)と、(c)の右の結び目も、じつは実際に紐を手で持って動かすなどすれば、「同じ」であることが確認できます。
ここでの同じとは、切ったりせず連続的に変形して一方が他方に移り変わることを意味します。

 

結び目理論はどういうものか一言で言うと、
2つの結び目が同じかどうかを、どうやって調べるか考える理論
です。

 


昔の子供がやる遊びとして、あやとりがありました。あれは自明な結び目をひねったりくぐらせたりして、切ることなく連続的な変形によってさまざまな形を作る試みと言えます。あやとりの作品はすべてほどけるので、自明な結び目と同じです。

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図3 あやとり「4段はしご」

これはあやとりの一作品のフリー画像です。この4段はしごも、自明な結び目と同じです。なぜかと言えば、実際に4段はしごを作る手順を逆にたどれば自明な結び目まで変形できるからです。

しかし、一般にもっと複雑な結び目が出た時、それがほどけるか(自明な結び目と同じか)どうかというのは、すぐに分かるとは限りません。実際に紐を用意して結び目を再現して、手であれこれ動かしてもいいですが、そういうことは数学とは言いません。

 

結び目が違うことを証明する

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図4 同じでない結び目

実は、この(a)自明な結び目と(b)三葉結び目は、同じではないことが数学的に証明できます。

実際に紐で(b)を作ってどう手で動かしても(a)にはならないから、というのは証明にはなりません。「あなたが動かすの下手くそなだけで、実はうまいことほどける動かし方があるかもしれないじゃないか」「あなたのやって見せた動かし方が、動かしうる全てであることが言えるのか」といった反撃を喰らいます。それが数学の証明の理論です。

具体的にどう証明するかは、次回以降見ていくことにしますが、時には中学生でも分かるような手法だったり、時には大学以上の数学を使う方法だったりと、結び目を区別する道具はいくつもありますが、どれも一長一短があり、2つの結び目が同じか異なるか、完璧な判別方法はありません

 

 

現在、結び目を平面に描いたときの交点を可能な限り減らした時の交点の個数によって結び目は分類されています。

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図5 交点数8以下の結び目

これは交点の数が8以下の結び目の表です*1。交点が8以下だけでもこれだけ存在するのです。また、これらの結び目にはそれぞれ鏡像が考えられます。

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図6 2つの三葉結び目

実はこの2つの三葉結び目は互いに鏡像の関係ですが、これらは異なる結び目、つまり紐を手で動かしてもう片方に変形できないのです。 

 

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図7 鏡像が等しい結び目

一方、表のなかで41と書かれるこの結び目は、鏡像ともとの結び目は同じであることが知られています。
では、ある結び目とその鏡像が同じになるのはどのような条件なのか?ある結び目とその鏡像が同じかどうかどうやって判定するか、こういった問題が出てくるわけです。

 

結び目は1本の紐をつなげたものですが、2本以上の紐が絡み合っているものは絡み目といい、これも結び目理論の研究対象です。何個の輪っかが絡まっているかを成分数といいます。

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図8 絡み目

図8左は成分数2の中で一番簡単な絡み目、図8右は成分数3の絡み目です。五輪のマークだったり、DNAの両端が繋がってしまったものだったりと、自然界には結び目も絡み目もたくさん存在します。

 

次回からは「不変量」という言葉をキーワードに、結び目が同じかどうかを判断する方法を見てみます。

少しだけネタバレをすると、結び目の射影図を見て、ある手順に従って式を作ります。

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その手順に従うと、この三葉結び目の左ではA^7-\frac{1}{A^{3}}-\frac{1}{A^{5}}、右では\frac{1}{A^{7}}-A^{3}-A^5という式になります。
そして、同じ結び目なら(形状は違っても)同じ式になる、違う式なら異なる結び目である、という性質が証明できるので、これでもってこの2つの結び目は異なることが証明されるのです。 

 

今回は結び目とは何か、結び目が同じとはどういうことか、そして結び目が同じだったり異なったりする例を見てみました。次回はもっと数学チックに、結び目を調べる方法を見ていきます。

 

 

 

 

written by k

*1:この画像はLickorish,An Introduction to Knot Theoryのp.5より引用

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