【数学小話】当たり前なことほど示すのが難しいよねって話
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我々はあまり深く考えずに多くのことを
まあそれは当然なりたつでしょう。当たり前だ。
と雑に片付けてしまいがちです。突き詰めていくと本当に成り立つとは簡単に言い切れないことはたくさんあります。例えば、このようなことを聞いたことがありませんか。
「1+1=2の証明は難しい」
確かに、1+1=2の証明は大学で学ぶ概念を理解しないと理解できないといわれているように、かなり難しい内容です。これはあまりにも極端な例ですが、このように、当然のこととして受け入れているものほど、「それはどうして成り立つの」と問われればきちんと根拠がしめせないものです。今回はそのような例をいくつか見て、そのような当たり前に思えることの証明が書けるにはどうすればよいかを考えます。
√a√b=√ab の証明
を示せますか?
中学3年生で平方根を習ったとき、「平方根同士の掛け算はこのように中身同士の掛け算でやりましょうねー」と教わったかもしれません。なぜそれが許されるかについて一切触れず、とにかくこうやれ、と教わったかもしれません。しかし、これはきちんと示すことができる性質です。本当はこれが成り立つことを示して、初めてこの性質を使うのが許されるのではないでしょうか。
ちなみに、この証明がとある高校の入試に出たことがあります。
証明は以下の通りです。
(証明)
を2乗すると、
より だから、
よって平方根の定義から、
はい、これが証明です。割と短いですね。しかしサッと読んで完璧に理解するのは難しいと思います。特に疑問が生じると思われるのは、「平方根の定義から」の部分でしょうか。平方根の定義が本当に分かっていないと、ここでつっかえます。何がどういう意味で「平方根の定義から」とあるのか。説明できますか?
平方根の定義
2乗してaになる数のことをaの平方根という。
2乗して4になる数、つまり4の平方根は2と-2です。
2乗して9になる数、つまり9の平方根は3と-3です。
2乗して10になる数は(具体的に値を書けませんが)Xと-Xという形で書ける2数でしょう。そこで、このXと-Xのうち、正のほうを√10と書くことにして、負のほうを-√10と書くことにしよう。それが√(根号)の考え方です。
aの正の平方根を√aと書く。
また、0の平方根は0のみとする。
このことを本当に分かっているのが、 の証明を理解するのに必要不可欠です。もういちど証明を見てみます。
(証明)
を2乗すると、
...①
根号の定義より、 だから
...②
よって平方根の定義から、
①では、 を2乗したら になることを確認しました。
②では、正の数どうしの積だから であることを確認しました。
すると、 は2乗すると になる正の数であるわけですから、 の正の平方根であるといえます。
もともと の正の平方根は と書くという約束でした。なので、 と は同じ数を表している、ということになります。なので、等号で結べて、
が導かれるのです。
これで、 の証明の意味が一字一句完全に理解できたと思います。この段階に到達して初めて、「証明が理解できた」と言えて、同じような内容の証明が自力で書けるようになります。
では、次の問題の証明を考えてみてください。
解答はあえて載せません。ここまでの内容がきちんと理解できた方ならば問題なく書けるでしょう。(これは多くの数学書がやる手口)
さて、この平方根の性質として誰もが知っている事実の証明を自力で書くには何が必要だったのでしょうか。それは、
定義を"完璧に"理解する
これに尽きるでしょう。平方根、根号が何を表すか、すなわち定義をきちんと把握していれば、上で見た性質が成り立つことは当然に思えて、細かい文章の違いは無視して証明を自力で「書こうと思えばいつでも書ける」状態になるのです。
のような基本中の基本と言える性質の証明というのは、定義にさかのぼることで導けることがほとんどです。
数学で新しい単元に突入した際、見慣れていない記法に戸惑い、「これが性質です」と言われて式の羅列を見せつけられて頭がこんがらがる、という経験は誰しもあるでしょう。かく言う私もlogを始めて習った時、
という式に困惑した記憶があります。これも定義を考えると"当たり前"だと納得できます。
困ったときは必ず定義に立ち返って、一つ一つ理解していくのが大事です。
三角形の角と辺の大小関係
以下では△ABCについて、
大文字でA,B,Cと書いたときは頂点のことを、
小文字でa,b,cと書いたときは頂点A,B,Cに向かい合う辺の長さのことを、
それぞれ表すことにします。
つまり、辺BCの長さをa、辺CAの長さをb、辺ABの長さをcと表します。
では、次に示してみたい内容はこちらです。
c < b ならば ∠C < ∠B
つまり、より長い方の辺の対角の方が大きい。
これは中学校では習わないかもしれませんが、経験則として知っている人が多いと思います。これも高校の数Iの学習範囲に含まれます。
証明として、数Iでならう正弦定理余弦定理で示すこともできますが、ここでは中学生までで(もはや小学生まで)で理解できる方法で示してみます。
c<bなので、辺AC上に、AD=ABとなるように点Dをとると、∠ABD=∠ADB…①
また、△BCDに注目して、∠ACB+∠CBD=∠ADB…②
①、②より、∠ACB+∠CBD=∠ABD。
すると、∠ABC=∠ABD+∠CBD=∠ACB+2×∠CBD
よって∠ABC>∠ACB
初等幾何の証明はアイデア勝負な側面があるので、”初等”とはいうものの、決して簡単ではない、ということを教えてくれるよい例です。このような証明はそういう発想がある、ということを事前に知っておかないと思いつきにくいでしょう。発想、手法を引き出しとして仕入れておくのです。
ちなみに、c < b ならば ∠C < ∠Bの逆、
∠C < ∠B ならば c < b
も成り立ちます。この証明もぜひ考えてみてください。ちょっと難しいですよ。
証明が書ける人、書けない人
ここまで2例を見てみました。それぞれ学んだことは、
① 定義を"完璧に"理解する
② 似たようなアイデア、手法を身に着けておく
でした。 この2つは普段から数学を勉強する姿勢としてぜひとも心がけておきたいことです。
さて、証明が書ける人と書けない人の違いはどこにあるのでしょうか。私が見る限り、
証明が書ける人は、
・数学の言葉を正しく使って、考えを説明できる
・普段のちょっとしたことについても、それが成り立つことをしっかり確認する癖がある
といった傾向があり、証明が書けない人は、
・数学の言葉を使って正しい説明ができない
・お手本の証明を読んで、だいたいの意味が分かったらその問題はやりきったことにする。似た問題の証明はお手本の証明の該当する部分を少しいじってすませる(証明の文章の意味は深く考えないが、とりあえず書けたからよしとする)
・「〇〇が成り立つ」「〇〇という性質がある」というのをとりあえず覚えようとする(成り立つ理由は気にしない)
という傾向があります。皆さんはどうですか?
教科書に例題とその解説が載っているとき、解説の途中式をみて、
「このイコールではかっこを展開している」
「このイコールではこの文字に代入している」
といったことをしっかり確認していますか?
各工程の意味をしっかり理解するのが、数学の上達の近道です。根気よく粘り強く考え抜きましょう。
次回予告
突然異世界に飛ばされた日比谷生、日比谷(ひびたに)君。「あなたはこの世界で勇者として魔王の討伐に協力していただきます。」といわれ、仕方なく魔王を倒すために旅にでる。強い魔王の手下を退け、頼りになる仲間と一緒にとうとう魔王城にたどり着いた勇者一行。そこに待っていた魔王は、同じく地球から転生した元日比谷高校数学教師だった!
魔王「勇者よ、マイナス×マイナス=プラスの理由を答えてみよ。」
勇者「えっ?反対の反対は元通りだからじゃないの?」
魔王「ちがああああう!」
勇者「ぐはあああっ」
魔王「数学的に正しい説明を答えないと強制的にキサマが痛めつけられる魔法だ。では次!1+1=2の理由を答えるのだ。」
勇者「えっ?一本のペンと一本のペンを合わせたら二本のペ、ぐはあああっ」
お姫様「勇者様!!!」
どうする勇者!そして急に出てきて誰なんだお姫様!果たして正しい理由を突き付けて無事魔王を討伐することができるのか?
(筆がのったら)続く
written by k