【数学小話】3×4と4×3は違うのか② 順序を逆にできない例
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前回は、「掛け算の順序問題」に対する私の見解を述べました。今回は、掛け算の順序を逆にしたら答えが変わる例をご紹介します。
今回は大学1~2年の数学で習う内容を混ぜつつ、中高生レベルの知識で理解できるように説明してみます。
・そもそも掛け算とはなにか
小学校では「同じ数を複数個足す行為の代替」として掛け算を使うという意味合いが強いかと思います。12人の子供に1人4個ずつ飴を渡す、などがこれに当てはまります。
中学校にあがると、(-2)×(-4)やπ×√3いった掛け算が登場しますが、これは「同じ数を複数個足す」という解釈では少し無理があるのではないでしょうか。そもそも中学生は掛け算を見るたびに「ふむふむ、この式の意味は『πを√3個分足している』か。」などと考えながら問題を解く人はおそらくいません。
そうすると、「そもそも掛け算とはなにか」という問いが生じます。ただ機械的に2つの数を組み合わせてあたらしい数を作る操作に、どのような意味があるのでしょうか。
高校では、ある程度体系的に数学を学びます。掛け算に関して、教科書には次のような記述があります。
交換法則 ab=ba
結合法則 (ab)c=a(bc)
これは掛け算に関する重要な法則で、誰もが経験的に知っていることでしょう。
式と漢字を見れば言いたい内容は十分理解できるかと思います。
交換法則は、積は順序を入れ替えても等しいということ。
結合法則は、3つの掛け算は後ろの2つからやってもよいということ。
交換法則と結合法則を使えば、3つ以上の掛け算はどの2つから掛け算してもよいということになります。
例 (a×b)×c=(a×c)×b の証明
(a×b)×c=a×(b×c)=a×(c×b)=(a×c)×b
3つの等号でそれぞれ順に結合法則、交換法則、結合法則を使っています。
これは前2つを掛けてその答えと3つめを掛けるのと、最初と最後の数を掛けて、その答えと真ん中の数を掛けるのは同じという意味です。
「好きな個数の掛け算は好きな順序でやってよいということは、交換法則と結合法則の2つの繰り返しを用いて保証される」ということは数学的に重要なことです。
ただ、この高校の教科書が保証する「掛け算の順序をいれかえてもいい」というのは、実数(または虚数、複素数)の掛け算での話です。
これを踏まえたうえで、大学の数学での掛け算を紹介しようと思います。
大学にあがるとたいてい「代数学」という授業で「群」という概念と共に次のようなことを学びます。(中学生向けにかなり言葉を変えています。)
ある数のグループを考え、a,b,cをその中の数、⊗を何らかの計算をする記号とする。
1. (a⊗b)⊗c=a⊗(b⊗c)
2. a⊗1=1⊗a=a
3. どんなaにも、a⊗b=1となるbがある
この3つの条件を満たすような計算⊗を(その数のグループにおける1つの)「積」と呼ぶ。
つまり、大学では、「この基本的な3つの性質を満たすような操作が掛け算だ」と学びます。
先ほどの高校数学の記述と見比べると、結合法則は共通して入っていますが、交換法則は大学のほうには入っていません。なぜか?
それは、我々が積と呼ぶもののなかには、交換法則が成り立たないようなものが存在するからなのです。つまり、順序を逆にすると違う結果になることがあるのです。
さて、大学で学ぶものとして行列があります。行列とは、その名をのとおり数を行列にならべたものです。実は、行列の世界において積の順序を入れ替えると違う結果になりかねません。今回は2×2行列での話をします。
このような形で4つの数を並べたものが2×2行列です。4つの数のセットで1つの行列です。行列についても掛け算、「積」が存在して、次のルールで計算します。少々ややこしいですが、しっかり文字の場所を参照してみてください。
ここで、2つの行列の積の順序を逆にすると、
なんと、異なる結果がでてきました。つまり、
行列の世界において、AB≠BA
ということが言えます。*1
このように、大学レベルの数学では、積の順序を入れ替えることができないような世界が存在します。入れ替えてよい世界は「可換」、そうでない世界は「非可換」などと言われています。
非可換な例はほかにもたくさんありますが、そのなかでも説明しやすいものが、この行列でした。とはいっても、高校生以下にとっては行列も十分ややこしい例かもしれませんが。
ということで、世の中には掛け算の順序を入れ替えてはいけない場合もあるのです。だから3×4と4×3を逆にするな、というつもりはありませんが。順序問題の議論で言われている内容を理解するにはこのような背景を知っておく必要があります。
さて、まだ話したいことがあるのですが、長くなりそうなので、もう1回だけ別の記事で、非可換な例、これも掛け算なのか、という例をご紹介しようと思います。
written by k
*1:AB=BAとなることもあります。例えばAを4つの数字が全て1の2×2行列、Bを4つの数字が全て2の2×2行列にするとAB=BAとなります。数学において、AB=BAとなる例が1つでも見つかればそれは「順序を入れ替えてはいけない世界」とするのです。