【数学小話】正しく否定しよう 論理学入門
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突然ですが、皆さんはこのようなことを言われた、または言った経験がありませんか?
A「まったく、あんたはいっつも〇〇して...」
B「そんなことありません」
A「じゃあ一回も〇〇してないっていうの?」
私は自分がB側、母親がA側の立場で何度もあります。(ブチギレ)
さて、これのやりとりのどこがよくないか、皆さんはお分かりですか?Bさんが何回もおなじミスをして注意されることもよくないことではあるのですが、そういうことではなく、この会話に論理的なミスがあります。
そう、「いつも〇〇する」を否定したら「いつも〇〇しない」になっている点です。これは明らかに、論理的に間違っています。「あなたはいつも嘘をつく」と言われて、「いやそんなことはない」と言い返したら「じゃあいつも本当のことしか言ってないの?」と言われたら、「いや、そりゃあ嘘をつくこともあるけどさ...」と思うでしょう。同じことです。
・そもそも否定とは
数学における否定というのは、「はいをいいえにする」といった「意味を逆転させる」ということではなく、 「それ以外を指す」というイメージで使われます。否定と反対は違うのです。反対というのは、それと対極に位置するものを持ってくるというニュアンスなので、中間は無視されます。それに対し、否定は中間も含めるのです。
要するに、「熱い」の反対は「冷たい」、否定は「熱くない」です。「熱くない」というのは、熱くもないし冷たくもない、「適温」も含まれています。
これを勘違いしていると、次のような内容を正しく否定できません。
例1
「犯人は年齢が20代の男性」の否定は、
× 「犯人は年齢が20代でなく、女性」
○ 「犯人は年齢が20代ではない男性か、女性」
重要なのは、「否定は『それ以外』を指す」ということです。「20代男性」を否定するというのは、「『20代男性』以外すべて」を考えるということなので、女性だけでなく、20代以外の男性も含めなければなりません。それを意識しつつ、誤解のないように適切な表現に書き換えるのです。
細かい話になるのですが、「犯人は年齢が20代ではない男性か女性」と書くと、「犯人は年齢が20代ではない、男性か女性」と「犯人は年齢が20代ではない男性か、女性」の両方の意味で取れてしまい誤解を招くので、句点の存在が重要になります。前者は男性も女性も20代でない限定ですが、後者は男性は20代以外、女性は20代もそれ以外もOKということを意味します。
例2
「自然数nについて、nは2の倍数だが3の倍数ではない」の否定は、
× 「自然数nについて、nは2の倍数でないが、3の倍数」
○ 「自然数nについて、nは2の倍数でないか、3の倍数」
たった濁点1つの差ですが、意味する内容は全く違います。これも一つ前の例と同様ですが、適切な否定の文章を作るのに役立つのが、ベン図です。
「自然数nについて、nは2の倍数だが3の倍数ではない」この元の文章が表す自然数は、上の図のピンクに塗られた部分にいる自然数です。これの否定を考えるということは、ピンクに塗られていない全ての数をカバーすることになります。つまり、下の図でいう水色に塗られた部分です。
これは、どうシンプルに表すことができるかというと、「緑に塗られた2つの図を重ねる」と考えるのが良いのでしょう。この2つの緑の図はどちらも簡単に表現できます。左の緑の図は「2の倍数でない」、右の緑の図は「3の倍数である」です。そうして「2の倍数でないか、3の倍数である」となるのです。
ちなみに、「2の倍数でないか、6の倍数」と言ってもよいです。なぜその表現でもよいのか、その理由はぜひ考えてみてください。
数学の文章は誤解のないように、誰が読んでも同じ解釈になる表現をすることが大事だとよく言われますが、文章を正しく解釈する側も普段からこのような細かい表現の違いに敏感になるべきです。
・ベン図を考えずに機械的に否定する方法
ちょっと行き詰ったらベン図を考えるのはしばしば有効ですが、毎回いちいちベン図を描くのも面倒なので、機械的にできる方法を覚えるのがよいでしょう。
次のことに注意してください。
「pでq」「pだしqでもある」などは、数学の教科書的に「pかつq」と表す。
「pかq」などは、教科書的に「pまたはq」と表す。
以後、この教科書的な表現で統一します。
そしてこれが覚えるべき機械的方法です。
「pかつq」の否定は「pでない、またはqでない」
「pまたはq」の否定は「pでない、かつqでない」
先ほどの例 「自然数nについて、nは2の倍数だが3の倍数ではない」の否定を機械的にやると、
「自然数nについて、nは(2の倍数)かつ(3の倍数ではない)」
↓(否定)
「自然数nについて、nは(2の倍数ではない)または(3の倍数)」
となり、細かい日本語を修正すれば先ほどと同じ結果が得られます。
・「必ずする」と「することがある」
例3
「必ず電気を消す」の否定は、
× 「必ず電気を消さない」
○ 「電気を消さないことがある」
否定は「それ以外を指す」という原則に則れば、「必ず電気を消す」の否定は「少なくとも1回電気を消さない」ということになり、それをより自然に言い換えると、上の通りになります。
例4
「電気を消さないことがある」の否定は、
× 「必ず電気を消すことがある」
○ 「必ず電気を消す」
これも同じ理由です。
「必ず〇〇する」の否定は「〇〇しないことがある」
「〇〇することがある」の否定は「必ず〇〇しない」
ということで、冒頭に戻りますが、「いつも〇〇する」の否定は「〇〇しないことがある」なのです。
A「まったく、あんたはいっつも〇〇して...」
B「そんなことありません」
A「じゃあ一回も〇〇してないっていうの?」
こう来たら、
B「高校数学の命題の否定を勉強しなおしてこい」
といいましょう。
※筆者は一切の責任を負いません。
・命題の否定
例4
「犯人が女性ならこの犯行は不可能」の否定は、
× 「犯人が男性ならこの犯行は可能」
○ 「女性だがこの犯行が可能な者がいる」
数学の「pならばq」という文章は命題と言われますが、これは「pであるときは必ずqである」という意味であって、「pであるとき、qであることがある」という意味ではありません。
「pであるときは必ずqする」の否定は、「pであるけどqをしないことがある」です。「qをしないpがある」といってもよいです。今回は、pが「犯人が女性である」、qは「この犯行は不可能である」なので、機械的に否定すると、「犯人が女性だがこの犯行が可能なことがある」ですが、より自然な日本語に変えれば、上にある通りとなります。
「pならばq」の否定は「pだがqでない(ことがある)」
ちなみに、参考書などでは、次のように書かれることもあります。
「pならばq」の否定は「pかつ、qでない」
・難しい否定
ややこしい内容ほと、正確に否定することが難しくなります。次の内容を正しく否定してみてください。
「本州のどの2地点をとっても、ある道路を通って車で2日以内にたどり着くことができる」
かなり難しいです。このような文は大学数学のε-δ論法などでも登場する大事な構文(?)です。正解は、
「本州のある2地点で、どんな道路を通っても車で2日よりもかかってしまうようなものがある」
でした。難しいですね。
今回は否定の基本をお話しました。否定という考え方は、高校でならう(中3の教科書にも発展として載っています)背理法という証明方法で用いられます。大学の数学になると、証明問題で背理法を用いるとき、そもそも本来の命題がややこしすぎて命題を正しく否定できない事態が発生することもあるのです。適切に否定することは、正しく証明するために必須なのです。
written by k